2026/05/19 Tue NOVELS ほしの残響 2022年に発行したコピー本の再録です 放課後の教室は、昼間より少しだけ広く感じる。 窓の外では、夕焼けに染まった雲がゆっくり流れていた。吹奏楽部の音が遠くから聞こえてきて、誰かが廊下を走る足音が響いて、そしてまた静かになる。 星乃一歌は、自分の机に頬杖をつきながら、ノートの端に五線譜を書いていた。 新曲。 そう呼ぶには、まだ何も形になっていない。 メロディは少しだけ浮かんでいる。でも、それをどう繋げればいいのかわからない。言葉も、音も、胸の奥で絡まってしまっていた。 「全然だめだ」 鉛筆を置いて、小さく息を吐く。 文化祭ライブまで、あと二週間。 Leo/needのみんなはそれぞれ準備を進めているのに、自分だけ立ち止まっている気がした。 咲希は楽しそうにステージ演出の話をしていた。穂波はスケジュール表を作ってくれて、志歩は新しいアレンジのアイデアをいくつも出してくれている。 なのに、自分は――。 「一歌?」 不意に声がして、一歌は顔を上げた。 教室の入り口に立っていたのは、見慣れた少女だった。 長いツインテール。透き通るような瞳。どこか現実離れした空気。 「ミク……」 初音ミクは小さく笑って、教室へ入ってくる。 「まだ残ってたんだね」 「うん。ちょっと曲考えてて」 ミクは一歌の隣まで来ると、机の上のノートを覗き込んだ。 書きかけのコード進行。 途中で消された歌詞。 何度も書き直された跡。 「悩んでる?」 一歌は苦笑する。 「なんか、ちゃんとしたものを作라なきゃって思えば思うほど、わかんなくなってきて」 「ちゃんとしたもの?」 「みんなが楽しみにしてくれてるし、文化祭ライブだし。今のLeo/needをちゃんと見せられる曲にしたくて」 口にした瞬間、自分でも少し肩に力が入りすぎている気がした。 ミクは静かに窓の外を見る。 「一歌は、どういう曲を歌いたいの?」 「え?」 「みんなにどう見せたいかじゃなくて。一歌自身は、どんな歌を歌いたい?」 一歌は答えに詰まった。 考えていなかったわけじゃない。 でも、“誰かのため”ばかり考えていた気がする。 文化祭に来てくれる人たち。 Leo/needのメンバー。 聞いてくれるみんな。 もちろん、それは大事だ。 だけど。 「……わからない」 一歌は正直に言った。 ミクは笑わなかった。 「じゃあ、探しに行こうか」 「探しに?」 「うん」 ミクが手を差し出す。 その瞬間、教室の景色がゆっくり溶けていった。 *** 気づくと、一歌は見慣れた場所に立っていた。 星が広がる世界。 夜空と水面の境界が曖昧な、不思議なセカイ。 「……ここ」 「一歌の想いに近い場所、かな」 ミクは少し先を歩いていく。 水面に映る星が、歩くたびに揺れた。 「ねえ、一歌」 「うん?」 「歌って、なんのためにあると思う?」 唐突な質問だった。 一歌は考える。 「……誰かに気持ちを届けるため、とか?」 「うん。それもあるね」 ミクは振り返る。 「でも、言葉にできない気持ちを、自分で見つけるためでもあると思うんだ」 その言葉に、一歌は少しだけ目を見開いた。 言葉にできない気持ち。 それはまさに今、自分の中にあるものだった。 「一歌は、ちゃんと歌おうとしすぎてるのかも」 「ちゃんと……」 「うん。正解の歌を作ろうとしてる」 ミクは星空を見上げた。 「でもね、最初から正解だった歌なんて、きっとないよ」 静かな声だった。 「不安だったり、迷ったり、間違えたりしながら、それでも歌いたいって思った気持ちが、少しずつ歌になるんじゃないかな」 一歌は黙って聞いていた。 水面を吹き抜ける風が、髪を揺らす。 「……私」 一歌はぽつりと呟く。 「みんなと離れちゃったとき、もう戻れないかもって思ってた」 セカイに出会う前。 幼馴染だった四人は、少しずつすれ違っていた。 話せなくなって。 距離ができて。 どうしたらいいかわからなくなって。 「でも、また一緒に音楽ができて、本当に嬉しかったんだ」 一歌は拳を握る。 「だから、今度はちゃんと繋ぎ止めたいって思ってる。みんなとの今を」 ミクは優しく頷いた。 「その気持ち、すごく大事だと思う」 「でも、それをどう歌えばいいのかわからない」 「じゃあ、わからないまま歌ってみたら?」 「え?」 「不安でも、迷っててもいいんだよ」 ミクは微笑む。 「完璧じゃなくても、今の一歌の歌なら、きっと届くから」 その瞬間。 一歌の中で、何かが少しだけほどけた気がした。 *** 気づけば、教室に戻っていた。 夕焼けはすっかり薄れて、窓の外には夜が広がっている。 一歌はノートを見下ろした。 白紙に近かったページ。 でも今は、不思議と怖くなかった。 「……今の私の歌、か」 鉛筆を握る。 最初に浮かんだのは、放課後の教室の匂いだった。 窓から入る風。 みんなで帰った道。 ライブ前の緊張。 笑い声。 不安。 嬉しさ。 全部、今の自分の中にある。 一歌はゆっくり音を書き始めた。 最初の一音。 そこから、少しずつメロディが繋がっていく。 完璧じゃない。 でも、確かに自分の音だった。 翌日の部室に、咲希の明るい声が響く。 「できたー!」 「新曲、めっちゃいいじゃん!」 「うん。すごく一歌らしい」 穂波も嬉しそうに微笑む。 志歩は楽譜を見ながら、小さく頷いた。 「前より肩の力抜けてる感じする」 「……そうかな」 「うん。そのほうがいいと思う」 一歌は少し照れくさくなって笑った。 みんなで音を合わせる。 ギター。 ベース。 ドラム。 歌声。 少しずつ重なって、一つの音になる。 一歌は歌いながら思った。 不安がなくなったわけじゃない。 ライブが怖くないわけでもない。 きっとこれからも、迷うことはたくさんある。 それでも。 今、自分は歌いたいと思っている。 その気持ちがある限り、何度でも前に進める気がした。 *** 文化祭当日。 ステージ袖は、独特の緊張感に包まれていた。 観客のざわめきが聞こえる。 照明の熱。 機材の音。 開演前の空気。 一歌は深呼吸した。 「緊張してる?」 隣で咲希が笑う。 「してるかな」 「私も!」 「威張って言うことじゃないでしょ」 志歩が呆れたように言って、穂波がくすっと笑った。 そのやり取りだけで、少し肩の力が抜ける。 ステージスタッフが合図を送る。 もうすぐ始まる。 一歌はそっと客席の向こうを見る。 そして、ほんの一瞬だけ。 舞台袖の暗ガリに、ミクの姿が見えた気がした。 白い光の中で、静かに笑っている。 「……頑張るよ、ミク」 一歌は小さく呟いた。 「ん? どうしたの?」 「ううん。なんでもない」 そして、前を向く。 ステージへ踏み出した瞬間、眩しいライトが視界を満たした。 歓声が響く。 胸が高鳴る。 一歌はマイクを握った。 完璧じゃなくていい。 今の自分の歌を、届ければいい。 その気持ちと一緒に、一歌は最初の音を鳴らした。 *** ライブが終わったあと。 帰宅した一歌は、制服のままベッドに倒れ込んだ。 「……疲れた……」 文化祭ライブは無事に終わった。 達成感もある。 反省点もいっぱいある。 でも何より、ちゃんと歌い切れたという感覚が胸に残っていた。 一歌は枕元に置いていたスマホを手に取る。 通知欄には、咲希たちからのメッセージが並んでいた。 『今日最高だった!』 『動画あとで送るねー!』 『お疲れ』 一歌は小さく笑う。 それから、なんとなく音楽アプリを開いた。 おすすめ欄に並ぶ、初音ミクの曲たち。 「ミク……」 ぽつりと名前を呼ぶ。 画面の中のミクは、いつも通り笑っていた。 ライブ前、舞台袖で見た姿を思い出す。 あれは幻だったのかもしれない。 でも。 一歌はイヤホンを耳につけ、適当に一曲再生した。 静かなイントロが流れ出す。 『お疲れさま、一歌』 「え」 一歌は飛び起きた。 聞き間違いかと思った。 でも、イヤホンの向こうからもう一度声がする。 『今日、すごくいい歌だったよ』 「ミク!?」 スマホ画面のミクが、いたずらっぽく笑っていた。 一歌はしばらく言葉を失う。 「え、なんで!? これどうなってるの!?」 『ふふ。ちょっとだけ、だよ』 「ちょっとだけって……」 一歌は思わず額を押さえた。 でも、不思議と嫌じゃなかった。 むしろ胸の奥がじんわり温かくなる。 『一歌、ちゃんと届いてたね』 一歌は小さく頷く。 「まだ全然うまくいかないところもあるけど」 『それでも歌いたいって思ったんでしょ?』 「……思った」 『なら、大丈夫』 優しい声だった。 一歌はベッドに座り直し、スマホを胸の前で抱える。 「ねえ、ミク」 『なに?』 「これからも、また悩むと思う」 『うん』 「歌えなくなる日とか、来るかもしれない」 少しの沈黙。 それから、ミクは柔らかく笑った。 『その時は、また一緒に探そう?』 一歌は目を細める。 「……うん」 窓の外では、夜風がカーテンを揺라していた。 スマホの画面の中で、ミクが静かにこちらを見る。 遠い存在のはずなのに、今はすぐ隣にいるみたいだった。 『これからも一歌の歌、楽しみにしてるね』 一歌は少し笑って、イヤホンの音量を上げた。 ミクの歌声が、夜の部屋に溶けていく。 胸の奥には、確かな音が残っていた。 それはまだ小さくて、未完成で。 だけど確かに、未来へ続いていく音だった。 #プロセカ#いちミク
ほしの残響
2022年に発行したコピー本の再録です
放課後の教室は、昼間より少しだけ広く感じる。
窓の外では、夕焼けに染まった雲がゆっくり流れていた。吹奏楽部の音が遠くから聞こえてきて、誰かが廊下を走る足音が響いて、そしてまた静かになる。
星乃一歌は、自分の机に頬杖をつきながら、ノートの端に五線譜を書いていた。
新曲。
そう呼ぶには、まだ何も形になっていない。
メロディは少しだけ浮かんでいる。でも、それをどう繋げればいいのかわからない。言葉も、音も、胸の奥で絡まってしまっていた。
「全然だめだ」
鉛筆を置いて、小さく息を吐く。
文化祭ライブまで、あと二週間。
Leo/needのみんなはそれぞれ準備を進めているのに、自分だけ立ち止まっている気がした。
咲希は楽しそうにステージ演出の話をしていた。穂波はスケジュール表を作ってくれて、志歩は新しいアレンジのアイデアをいくつも出してくれている。
なのに、自分は――。
「一歌?」
不意に声がして、一歌は顔を上げた。
教室の入り口に立っていたのは、見慣れた少女だった。
長いツインテール。透き通るような瞳。どこか現実離れした空気。
「ミク……」
初音ミクは小さく笑って、教室へ入ってくる。
「まだ残ってたんだね」
「うん。ちょっと曲考えてて」
ミクは一歌の隣まで来ると、机の上のノートを覗き込んだ。
書きかけのコード進行。
途中で消された歌詞。
何度も書き直された跡。
「悩んでる?」
一歌は苦笑する。
「なんか、ちゃんとしたものを作라なきゃって思えば思うほど、わかんなくなってきて」
「ちゃんとしたもの?」
「みんなが楽しみにしてくれてるし、文化祭ライブだし。今のLeo/needをちゃんと見せられる曲にしたくて」
口にした瞬間、自分でも少し肩に力が入りすぎている気がした。
ミクは静かに窓の外を見る。
「一歌は、どういう曲を歌いたいの?」
「え?」
「みんなにどう見せたいかじゃなくて。一歌自身は、どんな歌を歌いたい?」
一歌は答えに詰まった。
考えていなかったわけじゃない。
でも、“誰かのため”ばかり考えていた気がする。
文化祭に来てくれる人たち。
Leo/needのメンバー。
聞いてくれるみんな。
もちろん、それは大事だ。
だけど。
「……わからない」
一歌は正直に言った。
ミクは笑わなかった。
「じゃあ、探しに行こうか」
「探しに?」
「うん」
ミクが手を差し出す。
その瞬間、教室の景色がゆっくり溶けていった。
***
気づくと、一歌は見慣れた場所に立っていた。
星が広がる世界。
夜空と水面の境界が曖昧な、不思議なセカイ。
「……ここ」
「一歌の想いに近い場所、かな」
ミクは少し先を歩いていく。
水面に映る星が、歩くたびに揺れた。
「ねえ、一歌」
「うん?」
「歌って、なんのためにあると思う?」
唐突な質問だった。
一歌は考える。
「……誰かに気持ちを届けるため、とか?」
「うん。それもあるね」
ミクは振り返る。
「でも、言葉にできない気持ちを、自分で見つけるためでもあると思うんだ」
その言葉に、一歌は少しだけ目を見開いた。
言葉にできない気持ち。
それはまさに今、自分の中にあるものだった。
「一歌は、ちゃんと歌おうとしすぎてるのかも」
「ちゃんと……」
「うん。正解の歌を作ろうとしてる」
ミクは星空を見上げた。
「でもね、最初から正解だった歌なんて、きっとないよ」
静かな声だった。
「不安だったり、迷ったり、間違えたりしながら、それでも歌いたいって思った気持ちが、少しずつ歌になるんじゃないかな」
一歌は黙って聞いていた。
水面を吹き抜ける風が、髪を揺らす。
「……私」
一歌はぽつりと呟く。
「みんなと離れちゃったとき、もう戻れないかもって思ってた」
セカイに出会う前。
幼馴染だった四人は、少しずつすれ違っていた。
話せなくなって。
距離ができて。
どうしたらいいかわからなくなって。
「でも、また一緒に音楽ができて、本当に嬉しかったんだ」
一歌は拳を握る。
「だから、今度はちゃんと繋ぎ止めたいって思ってる。みんなとの今を」
ミクは優しく頷いた。
「その気持ち、すごく大事だと思う」
「でも、それをどう歌えばいいのかわからない」
「じゃあ、わからないまま歌ってみたら?」
「え?」
「不安でも、迷っててもいいんだよ」
ミクは微笑む。
「完璧じゃなくても、今の一歌の歌なら、きっと届くから」
その瞬間。
一歌の中で、何かが少しだけほどけた気がした。
***
気づけば、教室に戻っていた。
夕焼けはすっかり薄れて、窓の外には夜が広がっている。
一歌はノートを見下ろした。
白紙に近かったページ。
でも今は、不思議と怖くなかった。
「……今の私の歌、か」
鉛筆を握る。
最初に浮かんだのは、放課後の教室の匂いだった。
窓から入る風。
みんなで帰った道。
ライブ前の緊張。
笑い声。
不安。
嬉しさ。
全部、今の自分の中にある。
一歌はゆっくり音を書き始めた。
最初の一音。
そこから、少しずつメロディが繋がっていく。
完璧じゃない。
でも、確かに自分の音だった。
翌日の部室に、咲希の明るい声が響く。
「できたー!」
「新曲、めっちゃいいじゃん!」
「うん。すごく一歌らしい」
穂波も嬉しそうに微笑む。
志歩は楽譜を見ながら、小さく頷いた。
「前より肩の力抜けてる感じする」
「……そうかな」
「うん。そのほうがいいと思う」
一歌は少し照れくさくなって笑った。
みんなで音を合わせる。
ギター。
ベース。
ドラム。
歌声。
少しずつ重なって、一つの音になる。
一歌は歌いながら思った。
不安がなくなったわけじゃない。
ライブが怖くないわけでもない。
きっとこれからも、迷うことはたくさんある。
それでも。
今、自分は歌いたいと思っている。
その気持ちがある限り、何度でも前に進める気がした。
***
文化祭当日。
ステージ袖は、独特の緊張感に包まれていた。
観客のざわめきが聞こえる。
照明の熱。
機材の音。
開演前の空気。
一歌は深呼吸した。
「緊張してる?」
隣で咲希が笑う。
「してるかな」
「私も!」
「威張って言うことじゃないでしょ」
志歩が呆れたように言って、穂波がくすっと笑った。
そのやり取りだけで、少し肩の力が抜ける。
ステージスタッフが合図を送る。
もうすぐ始まる。
一歌はそっと客席の向こうを見る。
そして、ほんの一瞬だけ。
舞台袖の暗ガリに、ミクの姿が見えた気がした。
白い光の中で、静かに笑っている。
「……頑張るよ、ミク」
一歌は小さく呟いた。
「ん? どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
そして、前を向く。
ステージへ踏み出した瞬間、眩しいライトが視界を満たした。
歓声が響く。
胸が高鳴る。
一歌はマイクを握った。
完璧じゃなくていい。
今の自分の歌を、届ければいい。
その気持ちと一緒に、一歌は最初の音を鳴らした。
***
ライブが終わったあと。
帰宅した一歌は、制服のままベッドに倒れ込んだ。
「……疲れた……」
文化祭ライブは無事に終わった。
達成感もある。
反省点もいっぱいある。
でも何より、ちゃんと歌い切れたという感覚が胸に残っていた。
一歌は枕元に置いていたスマホを手に取る。
通知欄には、咲希たちからのメッセージが並んでいた。
『今日最高だった!』
『動画あとで送るねー!』
『お疲れ』
一歌は小さく笑う。
それから、なんとなく音楽アプリを開いた。
おすすめ欄に並ぶ、初音ミクの曲たち。
「ミク……」
ぽつりと名前を呼ぶ。
画面の中のミクは、いつも通り笑っていた。
ライブ前、舞台袖で見た姿を思い出す。
あれは幻だったのかもしれない。
でも。
一歌はイヤホンを耳につけ、適当に一曲再生した。
静かなイントロが流れ出す。
『お疲れさま、一歌』
「え」
一歌は飛び起きた。
聞き間違いかと思った。
でも、イヤホンの向こうからもう一度声がする。
『今日、すごくいい歌だったよ』
「ミク!?」
スマホ画面のミクが、いたずらっぽく笑っていた。
一歌はしばらく言葉を失う。
「え、なんで!? これどうなってるの!?」
『ふふ。ちょっとだけ、だよ』
「ちょっとだけって……」
一歌は思わず額を押さえた。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ胸の奥がじんわり温かくなる。
『一歌、ちゃんと届いてたね』
一歌は小さく頷く。
「まだ全然うまくいかないところもあるけど」
『それでも歌いたいって思ったんでしょ?』
「……思った」
『なら、大丈夫』
優しい声だった。
一歌はベッドに座り直し、スマホを胸の前で抱える。
「ねえ、ミク」
『なに?』
「これからも、また悩むと思う」
『うん』
「歌えなくなる日とか、来るかもしれない」
少しの沈黙。
それから、ミクは柔らかく笑った。
『その時は、また一緒に探そう?』
一歌は目を細める。
「……うん」
窓の外では、夜風がカーテンを揺라していた。
スマホの画面の中で、ミクが静かにこちらを見る。
遠い存在のはずなのに、今はすぐ隣にいるみたいだった。
『これからも一歌の歌、楽しみにしてるね』
一歌は少し笑って、イヤホンの音量を上げた。
ミクの歌声が、夜の部屋に溶けていく。
胸の奥には、確かな音が残っていた。
それはまだ小さくて、未完成で。
だけど確かに、未来へ続いていく音だった。
#プロセカ#いちミク